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プラダ財布二つ折り編集

 と私が訊《き》いた。 「近所の生花の女師匠だよ。もうじき、彼女はここへやって来るだろう。附合いながら、俺は生花を習っていて、こんな風に一人で活けられるようになったら、俺はもう飽きが来たんだ。まだ若いきれいな師匠だよ。何でも、戦争中、軍人と出来ていて、子供は死産だったし、軍人は戦死するし、その後は男道楽がやまないのだ。小《こ》金《がね》をもってる女で、生花は道楽に教えているらしい。何だったら、今夜、君がどこかへ連れて行ってもいいよ。どこへでも彼女は行くだろう」  ……このとき私を襲った感動は錯乱していた。南禅寺の山門の上からその人を見たとき、私のかたわらには鶴川がいたが、三年後の今日、その人は柏木の目を媒介として、私の前に現われる筈《はず》なのである。その人の悲劇はかつて明るい神秘の目で見られたが、今はまた、何も信じない暗い目で覗《のぞ》かれている。そして確実なことは、あの時の白い昼月のような遠い乳房には、すでに柏木の手が触れ、あの時華美な振袖《ふりそで》に包まれていた膝《ひざ》には、すでに柏木の内飜足が触れたということだ。確実なのはその人がすでに、柏木によって、つまり認識によって汚されているということだ。  この思いはいたく私を悩まし、その場に居たたまれぬ気持にさせた。しかしなお好奇心が私を引き止めていた。有為子《ういこ》の生れかわりとさえ思われたその人が、今、不具者の学生に捨てられた女として、姿を現わすのは待ち遠しかった。いつか私は柏木に加担して、自分の思い出をわれとわが手で汚すかのような錯覚の喜びに涵《ひた》った。  ……さて女がやって来ると、私の心には何も波立たなかった。今も私はありありと憶《おぼ》えている。その心もちかすれた声、その大そう行儀のよい起《たち》居《い》と行儀のよい言葉づかい、それにもかかわらず目に閃《ひら》めく荒々しい色、私を憚《はばか》りながら柏木にむかって言う喞《かこ》ち言《ごと》、……そのときはじめて、柏木が今夜私を呼んだ理由がわかったのだが、彼は私を防壁に使おうと思ったのである。  女は私の幻影と何のつながりもなかった。それは全くはじめて見る別の個体の印象にとどまった。行儀のよい言葉づかいのまま次第に取乱して、女もまた、私のことなど見ていはしなかった。    とうとう自分のみじめさに耐えられなくなった女は、柏木の心を飜《ひるが》えそうとする努力から、しばらく立《たち》退《の》いていようと思ったらしい。今度は突然落着きを装い、せまい下宿の一室を見まわした。床の間に大々《だいだい》と置かれた盛花に、女は三十分も居て、はじめて気づいたらしかった。 「結構なお観水どすな。ほんまによう活けてはる」  この言葉を待っていた柏木は、止《とど》めを刺した。 「巧《うま》いでしょう。このとおり、もう、あんたに教わることは何もないんだよ。もう用はないんだよ、本当に」  私は柏木のこの切口上で、女が顔色を変えたのを見て目を外《そ》らした。女はやや笑ったようだったが、そのまま行儀よく膝行《しっこう》して床の間に近づいた。私は女の声をきいた。 「何や、こんな花! 何やね、こんなん!」  そして水が飛び散り、木賊《とくさ》が倒れ、花ひらいた杜若《かきつばた》は引き裂かれ、私が盗みを犯して採《と》った花々は、狼藉《ろうぜき》たるさまになった。私は思わず立上ったが、なすすべを知らずに、窓硝《まどガラ》子《ス》に背を押しあてていた。柏木が女の細い手首をつかむのが見えた。それから、女の髪をつかみ、平手打ちを頬《ほお》にくれるのが見えた。そういう柏木の荒々しい一聯《いちれん》の動作は、実に先程、活け花をしていて葉や茎を鋏で切っているときの、静かな残忍さと寸分ちがわず、そのままの延長のように思われた。  女は両手で顔を覆《おお》うて、部屋を駈《か》けて出た。  柏木はというと、立ちすくんだままの私の顔を見上げて、異様に子供っぽい微笑をうかべて、こう言った。
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